2009年6月24日

社員を捨てる会社、社員を捨てない会社

100年に一度の未曾有の大不況だかなんだかのおかげで、実態のないバブル経済に浮かれていた企業や個人が続々と破綻している。

頑張って生き残っている企業の中で、この不況への対応の仕方として(企業それぞれ事業構造や雇用形態が違うので一概には言えないが)、大きく分けると社員を捨てる会社と捨てない会社にはっきり分かれているように思える。

不況を乗り切るために経営をスリム化し、不採算事業を人員ごと切り離し(あるいは撤退し)て企業ドメインを明確にしていくことで生き残りを図るタイプと、無駄を省きながら優先事業に資源を集中させるものの、人的資源については積極的な配置転換等で極力守ろうとするタイプ。

前者のわかりやすい例が、米国で言えばGM(破綻しちゃったけど)やクライスラー(破綻しちゃったけど)、日本で言えばトヨタや日産といった自動車産業に代表される企業群。

不採算カテゴリのブランドについては工場ごと閉鎖し、そこで雇用されていた社員(日本では期間社員・派遣社員等の非正規社員が中心)を切ることで本体を守るという、まさにトカゲの尻尾を切り離すことによって本体を助ける荒療治を行なっている。

家電大手のシャープでも、奈良県天理市と三重県多気町にある工場の液晶パネル製造ラインを閉鎖し、派遣など非正規社員380人を削減すると発表した際に、記者会見した井淵良明副社長は、「(市況の環境が大変厳しい中で)液晶パネル工場の再編に着手するには絶好のチャンスだ」と発言していたが、経営者が上記のように工場や非正規社員を『トカゲの尻尾』だと認識しているのであれば腑に落ちる話である。

ただ、トカゲの尻尾を切ったつもりで安心していると日産のゴーン社長のように、株主から突っ込まれることも覚悟しなければならない(ちなみにトヨタは役員報酬(ボーナス)ゼロらしいが)。


株主が激怒!! 日産ゴーン報酬「高すぎる」

日産自動車は23日、横浜市内で株主総会を開き、カルロス・ゴーン社長が「連結決算が赤字となった結果、配当を見送らせていただいたことを心よりおわび申し上げる」と株主に謝罪した。

2008年度に取締役10人に総額25億8100万円の報酬が支払われたことについて株主からは「配当を見送っているのに、役員報酬が一般常識と比べて高すぎる。減額するつもりはないのか」と不満が噴出。ゴーン社長は「世界的に同規模の企業と比べて高すぎることも安すぎることもないが、09年度は相当減額される」と釈明した。

ゴーン社長はコスト削減や新興国での販売拡大で業績改善に努力すると説明し「できるだけ早く復配するよう全力を尽くす」と述べた。


ここまではっきりと行動に移さないまでも、優秀さを競い合ってきた企業群が、決算等で「不況」をキーワードに「いまならマイナス出しても言い訳できるもんね♪」とばかりに先を争うようにして企業内の「膿」を出してしまおうと躍起になっているように見えてしかたがない。


一方、そういった企業が目立つのも、従来の日本企業の雇用形態が終身雇用中心だったこともあり、所謂(人減らしとしての)リストラが「悪」であるという考え方が根強いからでもあるだろう。

日本的、家族的経営の継続を模索する多くの経営者は、人材を優良資産としてできる限り残そうとする。
社員を適材適所に配置転換し、部署ごとの無駄を徹底的に排除し、爪に火を灯すような節約・倹約に努め、売上は減ってもなんとか利益を残そうとする。「みんなでじっとして嵐が過ぎるのを待とう」という作戦ともいえる。
もちろん、頭を低くして嵐が過ぎるのを待ちながらも、嵐が過ぎ去った将来に向けた投資は見えないところで行なわれている前提だが(じゃないと嵐が過ぎて頭を上げたらやる仕事がなかった...ってことになってしまう)。

この場合、経営者の意識がどれだけ現場の人間の腹にまで落ちているかが非常に重要で、勘違いしたバカ社員が「うちはなんだか大丈夫らしい♡」と経営者の必死の努力の上に胡坐をかいているようでは先は長くない。こんな社員が2割もいたら、嵐が過ぎ去る前に会社は潰れてしまうだろう。

経営者も含めて全社員が一丸となって、「この状況で自分達に何ができるか」、「費用がない中でいかに成果を出すか」、「どうすればもっと効率的に仕事ができるか」ということを考え、全社的に「効率」や「成果」を突き詰めて仮説立てし、検証し、実行できるような組織体制が必要となる。
そして嵐が過ぎ去った後、将来に向けて投資していた分野に対し、成果と効率を突き詰めて考えた社員が挑んでいくことで、更に一段の成長を目指して突き進むというのが理想的なシナリオなのだろう。


「トカゲの尻尾切り作戦」も「嵐を耐える作戦」も、逆境の中でチャンスを掴むための必死の作戦に他ならないが、世の中や関係者に与える影響も含めて真逆の手法でもあり、経営者としては非常に苦しい選択を強いられることになる。

嵐が過ぎ去った後に、「選択は間違っていなかった」と胸を張れる経営者は日本にどのくらいいるのだろう。

2009年6月4日

MDM(モチベーション・ダウン・マスター)によるMDM(モチベーション・ダウン・マネジメント)

自部門あるいは自身の利益を追求するあまり、社内のステークホルダーに対して負の圧力をかけ、結果的にトータルの利益あるいは成果を継続して毀損させてしまう活動をMDM(モチベーション・ダウン・マネジメント)と言い、その活動の達人をMDM(モチベーション・ダウン・マスター)と呼ぶが、ここではその活動の一環を紹介する。


MDM(モチベーション・ダウン・マスター)は、部門やプロジェクトの方針決定に携わるポジション、または方針決定者のアドバイザー的なポジションにいることが多く、その言動にはかなりの重みが伴う。

プロジェクトの進捗において、MDM(モチベーション・ダウン・マスター)がその能力を発揮して、部下あるいはメンバーのモチベーションをダウンさせる方法は大きく分けて以下の3段階があげられる。

ⅰ、方針を頻繁に変更する
ⅱ、はしごを外す
ⅲ、成果を横取りする

これらは単独ないし連続した一連の流れとして行なわれることになる。


まず部下あるいはメンバーへの方針・方向性の指示が頻繁に変更される(ⅰ)ことにより、実際に手を動かして成果を出す者の準備や分析の時間を大幅に浪費させる。その後、それでもモチベーションを維持して成果をあげようとする場合は、いきなりその仕事をなくそうとする、あるいは自分は関知していない(ⅱ)という態度に移行する。それでもメンバーが信念を持ち続け、成果を出しそうになった際は最終的にその成果を自分のもの(自分でやったもの)(ⅲ)として周囲に認知させようと試みる。

しかしながら、第3段階に至っては、MDM(モチベーション・ダウン・マスター)は当該成果において狭く浅い知識しか持ち得ず、成果を自分のものとして誇張すれば誇張するほど、結果的に墓穴を掘ることになりかねない。

そういう意味において第3段階はMDM(モチベーション・ダウン・マスター)にとっても諸刃の剣ということになる。

これら一連のMDM(モチベーション・ダウン・マネジメント)を実施することで、大抵の部下あるいはメンバーの士気は下がり、組織としての効率も連動して下がってしまうことになる。


MDM(モチベーション・ダウン・マスター)はまた、一連の段階を踏んでもなお向上心を持ち続け、組織のビジョンへ向かって邁進する部下がいた場合、最終的な手段に移る。

ⅳ、人格攻撃

この、人格攻撃こそがMDM(モチベーション・ダウン・マスター)のマスターたる所以であり、その執拗さと残虐性は他に類を見ない。

プロジェクト全体の進捗にはほとんど影響のない、重箱の隅をつつくような些細な部分に目を付け、成果を出そうとしている個人に対し、その個人がいかに価値のない人間か、どれだけ他のメンバーの時間を浪費したかということを、衆人環視の中で繰り返し且つ長時間詰問することにより、その個人はMDM(モチベーション・ダウン・マスター)の目論見どおり、打ちひしがれ、自信もプライドも剥ぎ取られて、モチベーションはゼロはおろかマイナスにまで落ち込んでしまう。もちろん、その後社会復帰するまでに相当の時間を要するようになる。


このように、小さな利益(自部門あるいは自身)を追及するあまり、大きな利益(組織全体)を毀損してしまうMDM(モチベーション・ダウン・マスター)は、近年、企業におけるがん細胞のように増殖し始めている。

これらMDM(モチベーション・ダウン・マスター)の
数は、企業がわれ先に成果至上主義を導入し始めた1990年代から企業業績に影響を及ぼしはじめ、2008年後半のリーマン・ショック以降、より顕著に確認されるようになっている。


MDM(モチベーション・ダウン・マスター)の存在が善なのか悪なのかと問われれば、後者であることは疑いの余地もないが、逆説的な観点からMDM(モチベーション・ダウン・マスター)というハードルを乗り越えてなお(個人、組織として)志を持ち続け、業績を伸ばすことができれば、それはその後の洋々たる未来を約束されたも同然であり、そういった限定的な意味でのみ「必要悪」として捉えられなくもない。

「1人いたら30人はいる」と言われるMDM(モチベーション・ダウン・マスター)をどう乗り越えていくかが、今後のビジネスを伸張させる鍵となるかもしれない。


(シャレで書きました)


2009年1月21日

クチコミの効果

仕事上、米国のマーケティング担当者と様々なマーケティングの手法について意見交換をすることがある。

どういったコンセプトで、どのようなプロモーションを行なっているかという単純な情報シェアから始まり、今後のプロダクトの流れを見越した長期的なマーケティング戦略について、米国と日本の市場性を考慮しながらのディスカッションは、なかなか刺激的で面白い。

そんな中で、どうしても意見の一致を見ることができず、けっこう激論となってしまうテーマに「クチコミ」あるいは「バズ」がある。

「クチコミ」あるいは「バズ」とは、いわゆるバイラルマーケティングのことで、人々の口から口へと語られていくことで認知や利用を拡げて(拡がって)いくこと、またはそうやって拡がることを狙ったマーケティングの手法を指す。
インターネット発展の流れの中で、CGM(コンシューマー・ジェネレイティド・メディア)が発達し、人々が口にする噂、批評の類は一昔前とは比べ物にならないスピードの差を持って伝播するようになった。そこに目をつけたマーケティング手法である。


アメリカの担当者とは、そのクチコミマーケティングにおける「効果測定」の考え方について議論が尽きない。

「クチコミは効果がある」というのは歴然とした事実である。そもそもインターネットが成長する段階で、Yahoo!やGoogleといったブランドも基本的にはクチコミで拡がっていったのだから、それは間違いない。
だが、そのクチコミは「どのくらい効果があるのか」について明確に答えられる人は少ない。というより、出会ったことがない。クチコミを狙ったプロモーションにおける「効果測定」は非常に難しい。

なにをもって成功とするのか。ここを定義せずにプロモーションを始めるマーケターはいない。GOALがないのに走り始めるランナーがいないのと同じである。
考えてみれば当たり前で、目的とそれを評価する定量的な指標が明確にならず、ROI(リターン・オン・インベストメント)が算出できない以上、(このご時世では特に)無駄なお金は1円たりとも使えない。

クチコミのネタを仕込む(これがバズなのだが)、ネタに触れた人が「人に話す」、「友人にメールで知らせる」、「自身のブログに感想を書く」、「ネット上のコミュニティで話題にする」等々の行為を行なってもらうことによって口コミは拡がっていく。
これらの現象をすべて収集することはできないし、ポジティブなクチコミなのか、ネガティブなクチコミなのかを判断するのも主観に頼らざるを得ない場合が多い。そして最も難しいのが、そのクチコミによってどれだけ利益を得ることができたのかをどうやって判断すれば良いかという点である。


従来のマスマーケティングでは、テレビや新聞といった巨大メディアを使ってメッセージを大量に消費者に向けて発信し、その認知度やイメージの浸透と売上や市場シェアを連動させて効果測定を行なっていた。
それがインターネットという双方向且つデジタルなメディアが誕生したことで、消費者に向けて発信したことに対するレスポンスを受け取り、即分析しながら、その場で購買行動にまでつなげることができるようになった。効果測定は非常に細かい数字にまで落とし込まれた上で検討、判断され、次の施策に反映される。

例えば、インターネットのポータルサイトに広告を掲出して、自社サイトに顧客を誘導する場合は、当該ポータルサイトでの掲出数(Imps)とクリックされる割合(CTR)、そして自社サイトに誘導できた顧客の数(UU)と最終的に購買行動を起こしてくれた割合(CVR)、顧客あたりの単価(ARPU)、さらにはライフタイムバリュー(LTV)などを指標とするのはわかりやすい。


こういった指標がクチコミの場合で定義されていない現状において、あまり深く考えずに「いくつのブログで書かれたか」とか「有名なブロガーが取り上げていた」とか「(仕込んだ)ネタで検索したら○○件ヒットした」といった指標で効果を測ろうとする人もいるが、ちょっと考えてみると、それではマーケティング本来の目的である「利益の最大化」にどの程度寄与できているのかまったくわからない。

例えば、「(仕込んだ)ネタで検索したら○○件ヒットした」という考え方は、膨大な情報が氾濫するインターネットの中に点在している小さな点を数えて「○○件あった!」と喜んでいるに過ぎず、その情報が何人の消費者に届いているかというところまでは掴めない(そもそも、その「ネタ」で検索している人は担当者だけかもしれないし...)。
いずれにせよ、これでは「何人の人に伝わって」、「何人の人が好意を持ち」、「何人の人が購買してくれたか」といったことがまるでわからないのである。


アメリカの担当者との議論でも、最終的には「現状では、大規模なキャンペーンとバズマーケティングを同時に行うことで効果の最大化を狙っている」というところに落ち着いた。大きなバジェットを必要とせずに効率的に消費者に広がっていくことが特徴のクチコミがこれでは本末転倒となってしまう...

クチコミに効果があるのはわかっている、それをどう評価すれば良いかがわからない。
試行錯誤を繰り返しながら効果指標を探している現在の状態から早く抜け出して、溜まった知見を活かしてより効果の高いクチコミマーケティングができるようになりたいものである。